• Miho Uchida

ロイヤル・オペラ・ハウス・オーケストラのコンサート・マスター、ヴァスコ・ヴァッシレフ氏にインタビュー

Interview・Vasko Vassilev (Concert Master of the Orchestra of the Royal Opera House)


Vasko Vassilev, Concert Master of the Royal Opera House
©Svetloslav Karadjov, Dizzart Studio

ヴァスコ・ヴァッシレフ


プロフィール


ブルガリア出身。ヴァイオリン奏者及び指揮者。7才でソフィア・フィルハーモニー管弦楽団と公演、レコードをリリース。10才でブルガリア政府からの奨学生としてモスクワ音楽院付属中央音楽学校に留学。数々の国際コンクールで受賞後、1993年、23才で史上最年少のロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)のコンサート・マスターに就任。2005年、ロイヤル・アルバート・ホールで指揮者としてデビュー。さらにスティングやロニー・ウッドなどの音楽家とクラシックの枠を超えてコラボをしたり、ポップスを融合した新たなジャンルのショーを世界中で公演。


©Svetloslav Karadjov, Dizzart Studio
©Svetloslav Karadjov, Dizzart Studio


ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)が未だに開幕が許されていない四月のある日、ヴァスコ・ヴァッシレフ氏は、出身地であるブルガリアのソフィアにいた。コロナのワクチン接種から帰ってきたばかりという氏に、ズームインタビューにてお話を伺った。



ロイヤル・オペラ・ハウスの外観 ©2018 ROH. Photograph by Luke Hayes
ロイヤル・オペラ・ハウスの外観 ©2018 ROH. Photograph by Luke Hayes


ROHのコンサートマスターという仕事に限らず世界中を飛び回り、音楽活動するヴァッシレフ氏だが、コロナ禍中はどうしていたのだろうか。


「去年の三月、スペインの自宅にいる時に厳しいロックダウンに突入し身動きが取れなくなりました。僕はすぐにオンラインでカメラやマイク等を購入して自宅にスタジオを作りました。そして音楽監督のアントニオ・パッパーノ、オーケストラのメンバーやROHのバレエダンサーと連絡を取り合ってビデオを作り始めました。またフェイスブックやインスタグラムに投稿し始めました。さらにROHのスタッフに限らず友人たちともビデオを作りました。日本のフラワーアーティスト、假屋崎(省吾)さんとロイヤル・バレエのプリンシパル・ダンサーのヤスミン・ナグディと三人のコラボもあります。そうやって五月までは自宅でのビデオづくりで忙しくしていました。その後六月に入ってROHで初めてのライブ・コンサートのオンライン放映があったので撮影の為にロンドンに戻りました。そのためにバレンシアからマドリッドまで三五〇km運転せねばならなかったのですが、道中三台しか車を見ないという異常な事態でした。その後、夏はスペイン、ブルガリア、ポーランド、ポルトガルでオンラインストリーミングや、入場人数に制限のある劇場でのコンサートの公演をしました」


ブルガリにおけるコンサート・ツアーで ©Hristo Rusev ヴァスコ・ヴァッシレフ
ブルガリにおけるコンサート・ツアーで ©Hristo Rusev

 氏のフェイスブックを見るとロックダウン中にいかに彼が多岐にわたる芸術家たちと多種多様なビデオを作ってきたがよくわかる。笑いを誘うものから未来への願望を謳うメッセージ性の強いもの、またROHオーケストラの団結力と実力を端的に表すものなど観ていて飽きない。創造力に富み行動派で、国際的、また人脈、実力を兼ね備える人物ならではのロックダウン中の活動だと思うが、他のROHオーケストラのメンバーたちはどうしていたのだろうか。


「八〇パーセントの面々はロックダウンのためにROHの仕事もないまま英国内で身動きが取れない状態でした。家族の世話に追われていたメンバーもいます。それでも僕たちはとてつもなく運がいいのです。英国では、政府からの雇用維持スキーム(furlough scheme)[1]によって助成金が出るからです。僕たちはオーケストラの誰も解雇せずに済みました。そんな中オーケストラ、コーラス、バレエダンサーたちROHの面々は本当によくビデオを作りました。バレエは肉体を使った視覚に訴える芸術だからカメラに映しやすいこともあるのですが、特にバレエ陣が頑張ったと思います」


 コロナ禍によってオペラは変わると思いますか、の問いにはきっぱりとこう答えた。

「オンライン発信によって二〇〇〇人という劇場観客数の枠を超えて世界中の大観衆に我々の芸術を観てもらえたのは素晴らしく、コロナ禍の前向きな効果でこれからも開発していくべきです。一方ワクチン接種が普及したら元通りの形でライブ公演ができることを祈っています。劇場内で観客と演奏者、上演者が一体となる経験ができるオペラは四〇〇年以上続いている伝統芸術なのです。デジタル発信の開発も大事ですが、それを観た後にやっぱり本物が観たいと思わせるような使い方にするべきです。劇場での上演が本物なのですから」

 氏はコロナ禍と同時に到来したブレグジットがROHのオーケストラメンバーに与える影響について憂えている。


「コロナ禍は世界中を巻き込んだ災厄でしたが、ブレグジットは欧州と英国のみだけの後ろ向きな動きで後々まで僕たちに影響を及ぼすかもしれません。僕はブルガリアと英国のパスポートを持っているのでEU内も自由に移動できますが、ほとんどのROHメンバーはEUのパスポートを持っていないので欧州ツアーが難しくなりました。厄介なのは各国違うルールが適用されている事です。例えばフランスでツアーするにはヴィザは不要で九〇日間働けるけれどもスペインは一日しか働かなくても特別労働許可証が必要です。これら手続きが煩雑・面倒でコストも高くなります。早くも欧州では、これらの点から欧州内のアーティストを起用するという動きがみられます。ブレグジットは音楽家たちにとっては何一ついいことがありません」


 時折冗談も交えながら魅力的な目で私を見据えて話をしてくれたヴァッシレフ氏。惚れ惚れするのは彼の演奏だけではない。誠実で人を惹きつけるリーダーシップと人にインスピ―レーションを与える創造力-二八年の長きにわたって世界の頂点に立つROHコンサートマスターの地位を保持させてきた所以がそこにあるとうなづけた。


[1]英国政府は2020年3月よりロックダウンによる休職中の従業員に対して、給料額の80パーセントを援助している。(最高限度額、月2500ポンド《原稿執筆時換算レートで約37万3500円》)執筆時における所得援助の期限は2021年9がつ末まで。


ヴァスコ・ヴァッシレフ
ロイヤル・オペラ・ハウスのオーディトリアム内で ©Hristo Rusev



ロイヤル・オペラ・ハウス最新情報は公式サイト参照 https://www.roh.org.uk/tickets-and-events

ヴァスコ・ヴァッシレフ 最新コンサート情報は公式サイト参照https://www.vaskovassilev.com



2021年5月25日発売ACT4 102号にて掲載 www.impresario.co.jp