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  • Miho Uchida

チャールズ国王戴冠式コンサートマスター・ヴァスコ・ヴァッシレフ氏にインタビュー

Interview with Vasko Vassilev, the Concert Master for The King Charles III Coronation


Vasko Vassilev, The King Charles III Coronation, ヴァスコ・ヴァッシレフ
戴冠式当日、ウェストミンスター寺院で ©Trittico Ltd

世界の頂点に立つROHのコンサートマスターとしてROHオーケストラを30年間も牽引するヴァッシレフ氏。2024年6月にはROHのオペラ公演で来日する。彼の活動がROHだけに留まらないのは周知の通りだが、2023年5月には、世界中の注目を集めた英国王チャールズ3世戴冠式で「コロネーション・オーケストラ」のコンサート・マスターを務めた。さらに出身国ブルガリアからは文化大使に任命され、祖国の文化を世界に広める任務を遂行する。近年益々アクティブな氏に最近の活動のお話を伺った。


戴冠式でのコンサートマスターに抜擢されることは事前からご存知でしたか?


「全く知りませんでした。去年の1月頃ROHから電話があり、『この話は一切口外してはならないけれども、王室から戴冠式でのオーケストラのコンサートマスターに招待されています。引き受けますか?』と聞かれました。当初その日はポーランドでコンサートをする予定になっていたので即答はできませんでした。しかし、大いに名誉な事なのでコンサートの担当者の方は事情をすぐに分かって下さりキャンセルすることができました。そして「キングス・コンサートマスター」の仕事を引き受けることが出来ました。興味深かったのは契約はチャールズ国王と直接結んだことです。王自らがサインするその契約書を通して私が戴冠式に参加することや演奏曲のレパートリーなど全てを口外しないことを誓約しました」


戴冠式におけるオーケストラメンバーたちの様子、リハーサル、また当日の様子を伺うと、氏は時折冗談を交えながら話を続けた。


「戴冠式におけるオーケストラはチャールズ国王がパトロンだった英国とカナダに存在する8つのオーケストラから選りすぐられた楽器奏者から成り立っていました。ROHオーケストラからはチェロ奏者とヴィオラ奏者と私が呼ばれました。そしてROHの音楽監督であるアントニオ・パッパーノ氏が指揮者として呼ばれました。演目は国王自らが選んだもので映画作曲家であるデビー・ワイズマン、ミュージカル作曲家として有名なアンドリュー・ロイド・ウェバーによる新作なども含んでいました。戴冠式の5週間ほど前から毎日6.7時間に渡るリハーサルを繰り返し、それを録音したものをチャールズ国王に聞いて頂き、国王の認可が下りてから本番に向けてリハーサルを続けました。リハーサル会場は戴冠式の行われたウェストミンスター寺院に隣接するウェストミンスター・スクールのホールでした。学校の生徒たちがサッカーをしているかと思えば、狙撃用ライフルを持った警備隊もいれば戴冠式オーケストラの団員もいるという現実離れした空間でした。本番2日前にはロールスロイスに乗って国王と王妃が孫たちと一緒にいらして、彼らのリハーサルをなさいました。BBCのカメラ・リハーサルも含め用意は周到でした。英国は歴史的イベントを上手にこなします。当日は典型的なロンドンの天気で雨が降っていました。それでも全国から人々が歴史的瞬間を一目見ようとウェストミンスター寺院付近に集まりました。歴史上、戴冠式の当日は思いもよらぬ大失敗があるというジンクスがあり、関係者たちは心配していましたが、幸い全てはうまく運びました。私たちオーケストラはパイプオルガンの位置するところにいたのですが、パイプオルガン奏者の極めて優れた演奏には圧倒されました。しかしながら私が一番感動したのはウェストミンスタースクールの生徒たちによる聖歌隊の見事さでした。このように、1000年以上続く戴冠式という歴史の一ページに参加できたこと、またイギリス連邦が出来得る限りの卓越した人材を集めて構成された戴冠式オーケストラのコンサートマスターを任せられたことはこの上なき名誉で感無量でした」


昨年は祖国ブルガリアから文化大使に任命されましたが抱負は何でしょう、と尋ねるとこう答えた。


「ブルガリアの素晴らしい音楽や若者たちが世界でその価値を認められるよう努力したいです。ブルガリアは人口も少なく面積も小さい国ですが、文化はとても豊かです。歴史上トラキア人、ローマ人、トルコ人を初めとした多くの民族が侵入したので多彩な文化を受け継いでいます。多様な宗教が存在する国でもあります。現在は、ブルガリアの民謡を歌う学生歌手達と一緒に海外でコンサートを開くプロジェクトを担っています。在日ブルガリア大使館と協力して来日も実現させたいです」


6月にはROHによる『リゴレット』と『トゥーランドット』の東京公演があるが、氏は日本の観客にこの二つの人気オペラを披露することを心待ちにしている。


「『リゴレット』はヴェルディのロマン派オペラで、今回来日するのは比較的新しい作品です。『リゴレット』の音楽は誰が聞いても素晴らしいのはご存じの通りです。また『トゥーランドット』は20世紀初頭最後のプッチーニの作品で、来日作品はロングランの人気プロダクションです。『トゥーランドット』は弾けば弾くほどその良さがわかってきました。二つの全く異なるオペラですが、両方とも素晴らしいのでリラックスして音楽と舞台を楽しんで下さい。また指揮者はパッパーノ氏です。私はこの種のレパートリーでは彼に比肩するものはいない、と思っています。」


英国王戴冠式でコンサートマスターになろうともブルガリア文化大使になろうとも誰にでも誠実で優しい性格は変わらない。ウィットに富んだ話術といたずらそうなキラキラした目で万人を虜にするヴァッシレフ氏の活動力は留まることを知らない。世界を股に活躍する彼から目が離せない。


アントニオ・パッパーノ、Vasko Vassilev, The King Charles III Coronation, ヴァスコ・ヴァッシレフ
戴冠式、アントニオ・パッパーノ氏と一緒に ©Trittico Ltd

Provdiv, Spain, ヴァスコ・ヴァッシレフ、Vasko Vassilev
ブルガリア学生歌手達と共に、スペインにて ©Trittico Ltd

 2024年3月31日発行のACT4、108号にて掲載

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