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  • Miho Uchida

ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)の『セビリアの理髪師』

The Barber of Seville at the Royal Opera House


左からブリン・ターフェル、ファビオ・キャピタヌッチ、アンドレ・フィロンジック、アイガル・アクメツィーナ、ローレンス・ブラウンリー、エイリッシュ・ティナン©ROHBarber 2023© Bill Cooper

この作品は奇才コンビ、モッシュ・レセとパトリス・コーリエが演出した2005年の作品で今回が5度目のリバイバルだ。


開幕直後のロジーナの窓下のシーンは極端に大きな三日月を囲む空の色がハッとするような青色だ。それが紫や緑色に変わって時刻の変化を表していく。木の配置などは舞台セットというよりは是枝裕和監督の映画の一場面のように位置や光が計算されている。これらの舞台をデザインしたのは昨年亡くなったクリスチャン・フェヌイヤであるが、彼はいつもレセとコーリエのコンビとタグを組んでいた。バルトロ家の家具のいすは派手な色の水玉模様で、壁は水色のベースに赤や黄色や白い縦じまというデザインも色もガチャガチャしているにも拘わらず野暮ったくなく、フランス人ならではのさすがのデザイン感覚に恐れ入る。


同じくいつもレセ&コーリエとタグを組んでいるアゴスティーノ・カヴァルカのデザインした衣装は真っ赤なスーツに身を包んだアルマヴィーヴァ伯爵や、マジェンタ・ピンクに蛍光緑のドレスを纏ったロジーナ、そして紅白の縞に赤い靴下を履いたフィガロと、これまた鮮やかな色のオンパレードにも拘わらず調和がとれていて見目に美しい。


喜劇でドタバタしている中でも精鋭たる歌手陣がそれぞれの場面を引き締めた。ロジーナを演じた新進気鋭の逸材、アイガル・アクメツィーナの太くて量感ある中音域はコクのある赤ワインのように深みがある、と同時に聞かせどころの「ある声が今しがた(”Una voce poco fa”)」などで発揮した飲み込まれそうな勢いの奔流のような迫力と声量は聴く者を圧倒する。アクメツィーナが昨年パリのオペラ座で演じた時もそうだったように、彼女には反骨精神豊かで勝ち気なロジーナが板につく。後見人であるバルトロに監禁されている部屋の中では「必ず出てやる」と言わんばかりにダーツを投げつけ、また恋人リンドーロ(実はアルマヴィーヴァ伯爵)に裏切られたと勘違いする場面においては、悔しさのあまりにあたりを蹴散らし、家具を殴り倒しの大暴れをするが、それが堂に入っている。アルマヴィーヴァ伯爵を演じたアメリカ人テノール歌手のローレンス・ブラウンリーは透き通った水飴のように甘くて伸びる声の持ち主だ。地位と金の為ではなく素の自分を愛して欲しいと思い、リンドーロと名乗ってロジーナの窓下で歌うカンツォーネ、「もし私の名を知りたければ(Se il mio nome saper voi bramate)」は切にロマンチックで、聞いていてロジーナに代わって心がなびいた。二人のケミストリーはといえば、最初は少々不安だったが、オペラ後半にかけては恋する二人としての息がぴったり合ってきた。威勢のいいフィガロを演じたアンドレ・フィロンジックは、透明で突き抜けるような美声で存在感がある。ベテラン、ブリン・ターフェルのドン・バジリオは歌唱力もさることながら、ぬーっとした不気味ともいうべき独特なおかしさで、客席からの笑いを誘い、ステージ・プレゼンスを発揮する。これといった出番が、アリア "il vecciotto cerca moglie”しかないバルトロ家の女中、ベルタを演じたエイリッシュ・ティナンは、これ以上のベルタはいないと言えるほどの抜群のおかしさと機敏さとくらくらするほどの歌唱力で彼女の場面を牛耳った。ジョセフ・ジョンミン・アンのフィオレッロとファビオ・キャピタヌッチのバルトロはいまいち声も演技も振るわなかった。


今回ROHデビューを飾ったヴェネズエラ人指揮者のラファエル・パヤーレは歌手をよく見ながら各々の歌手が歌いやすそうなテンポで曲を進めている。更にロッシーニのメロドランマ・ブッフォを小気味よいテンポで進め品よくまとめていた。


第一幕最後において舞台が上下左右に揺れて登場人物の混乱を表すシーンなど、長くて少し間延びした感もあったが、カラフルな衣装とステージが心踊らせるのに加えて歌手一人一人の持ち味がユニークで際立ち、更にチームとしてバランスがとれているというドリーム・チームのキャスト。そして生き生きとした指揮のパヤーレに先導された、てきぱきして清々しいROHオーケストラの演奏。『セビリアの理髪師』は世界中でも最も上演回数の多いオペラの一つだが、その中においても一見にふさわしい仕上がりになっている。


3月6日までロイヤル・オペラ・ハウスにて上演


2月15日と19日に英国内各映画館で上演:


日本では5月16日から全国各地の映画館で上演:


ロジーナを演じるアイガル・アクメツィーナ ©ROHBarber 2023 ©Bill Cooper

アルマヴィーヴァ伯爵を演じるローレンス・ブラウンリー©ROH Barber 2023 ©Bill Cooper

フィガロを演じるアンドレ・フィロンジック ©ROH Barber 2023 ©Bill Cooper

ドン・バジリオを演じるブリン・ターフェル ©ROHBarber 2023 ©Bill Cooper

ベルタを演じるエイリッシュ・ティナン ©ROHBarber 2023 ©Bill Cooper

2023年2月5日付 J News UK https://www.j-news-uk.com/ に掲載



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