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  • Miho Uchida

ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)の『イェヌーファ』

Jenůfa by Leoš Janáček at the Royal Opera House

第一幕のセッティング ©ROH2021. Photo. Tristram Kenton

クラウス・ガスの演出した新作『イェヌーファ』は昨年3月ロックダウンに突入したために、上演一週間前にキャンセルを余儀なくされた。がしかし、一年半経った今秋『リゴレット』に続き、2021年シーズンのオープンを飾った。


レオシュ・ヤナーチェクは、娘のオルガが病死するという悲劇の真っ最中にこのオペラを創作している。それ故、彼の苦しみと主人公イェヌーファの心の苦しみは重なっており、その音楽からは神経に直接触れるような、生々しい心の痛みが聞いて取れる。それはぴんと張り詰めた緊張感のある音楽だ。例えばオペラの序曲においてモラヴィアの水車場のガタガタする音を模している音楽の後にはすでにシュテヴァの子供を妊娠して不安に駆られているイェヌーファの不安な気持ちを表す緊迫した音楽が続く。しかしヤナーチェクは希望に満ちた情緒あふれる音楽も取り入れている。例えばラツァとイェヌーファだけ残されて再出発を誓う際の音楽はハープの音色による穏やかで展望が開けた感じのする音楽だ。その上第3幕におけるイェヌーファとラツァの結婚の日の場面ではモラヴィアの民謡風な曲も入っているし、またワーグナーを思い起こさせるような壮大な音楽も入り、まるでローラーコースターに乗っているようで聞いていて飽きない。


マイケル・レヴァインによる舞台デザインは、第1幕ではモラヴィアの水車場を舞台にするのではなく、息が詰まるような作業場に設定してあった。それはこの物語の内容がモラヴィアという地域に特有なのではなく何処にでもある普遍的な話ということを強調しているようだった。


イェヌーファを演じたアスミック・グリゴリアンは今回がROHデビューだった。追い詰められキリキリした感じをよく出していた。金属性の悲しみを帯びた歌声は真に迫っていて感動的だった。しかしながら第二幕で赤ちゃんを抱く場面などもう少し母性的で優しい感じがしてもよいかとも思った。コステルニチカを演じたカリタ・マッティラの鬼気迫る演技は背筋が凍るかと思うほどおどろおどろしかった。規範から外れた義理の娘を守るために赤子を殺す老婆を演じたマッティラに対する観客からの拍手喝采は限りなく続き、今世紀を代表するスターの存在感を示した。ダメ男、シュテヴァを演じたサイミール・ピルグの声はこの日今一つ心に響いてこなかったが、シュテヴァの兄、ラツァを演じたニッキー・スペンスの声は伸びやかで聞きごたえがあった。そしてシュテヴァの嫁になったカロルカ役のジャクリン・スタッカーは、脇役ではあるものの歌うたびに光っていた。


ヘンリク・ナナシの指揮に先導されたROHオーケストラの演奏は、時に歌手たちを上回るほどの音量が気になったものの、全体的には変化の激しいメリハリのあるヤナーチェクの音楽を感動的に演じており、特に第3幕の演奏は心に響いた。特筆すべきは第2幕でイェヌーファの不安な気持ちを述べるシェーナの際のヴァイオリンのソロの美しさだ。ヴァスコ・ヴァッシレフのヴァイオリンは痛いと感じるほどに赤裸々な感情を表した音色で心にしみた。

ROHのヤナーチェクシリーズの一環で上演されたこの『イェヌーファ』は、2019年に大評判だったリチャード・ジョーンズの『カーチャ・カバノヴァー』に続き、心を騒がせた。ROHの次のヤナーチェク・シリーズにも期待が高まる。


無料配信。11月15日まで。https://stream.roh.org.uk/


アスミック・グリゴリアン演じるイェヌーファ ©ROH2021.ph.Monika Rittershaus

カリタ・マッティラ演じるコステリンカ ©ROH2021.ph.Tristram Kenton

第3幕におけるラツァとイェヌーファの結婚の日のシーン ©ROH2021.ph.Tristram Kenton

2021年11月9日付 J News UKにて掲載

https://www.j-news-uk.com/




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