top of page
  • Miho Uchida

ESGがオペラ界を始めイギリス文化界に与えている影響あれこれ

Updated: Jul 21, 2023

ESG inflences in the world of art in England

ロイヤル・オペラ・ハウス外観 ©2018ROH . Photo by Luke Hayes
ロイヤル・オペラ・ハウス外観 ©2018ROH . Photo by Luke Hayes

企業を中長期的に成長させていく上ではESG(Environmental環境, Social社会, Governanceガヴァナンス)[1]の3つの視点が欠かせない要素であるとの考え方が世界中に浸透してきているのはご存知の通りだが、オペラ界をはじめ、イギリス文化界にもそれが顕著に表れてきた。


今年一月、ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)が33年間続いた大手石油会社・BPからの寄付金契約に終止符を打った。BPは積極的な環境課題対策を加速させるよう特に若者層から圧力を受けており、ナショナル・ギャラリーやナショナル・シアターなどの英国を代表する文化団体もこの動きへの対応として相次いでBPからの寄付を絶ってきたが、ROHも追随した形だ。


BPは、ROHとコラボして2000年より毎夏「BPビッグ・スクリーン」と題して英国中の広場に巨大スクリーンを置き、ROHのオペラやバレエをライブ放送していた。世界一流の演技を無料で津々浦々に届けていたので筆者としては残念だ。


一方、昨年秋、アーツ・カウンシル・イングランド(ACE)[2]が、「21世紀のイギリスが向かうべき方向」に則って発表した補助金配分(2023-2026年分)では、首都・ロンドンにある文化団体が受ける補助金を年間で5千万ポンド[3]減額している。これはESGと密接に関わる国の方針SDGs[4]の原則、「誰一人残さない事」を反映していると見受けられる。国が提供する文化・芸術の数が歴史的に少なかった地方の人々に、もっと機会を与えよう。という主旨だ。イングリッシュ・ナショナル・オペラ(ENO)の公演に足げく通う筆者にとって衝撃的だったのは、ENOが本拠地をロンドンから地方都市に変えない限り今年度の補助金がゼロになるとACEが宣告した事だった。移転候補地のマンチェスターにはリーズを拠点にしているオペラ・ノースが巡業によく出かけているから、わざわざENOの本拠地を変えなくてもいいのでは、という考えが頭をよぎる。交渉の末、2024年3月までは何とか補助金が獲得できたので、今年はロンドン・コロシアムで公演を続けていられるがその後については移転を念頭において,さらなる補助金の獲得に向けACEと交渉中だ。


他の歌劇場も前回(2018年―2022年)に比べACEからの助成金は、ROHが9パーセント減少、グラインドボーン・オペラにおいては50パーセントも減少した。結果、グラインドボーンは今秋は全国ツアーを中止せざるを得なくなった。一方、ダンサーが有色人種である、バレエ・ブラックは従来の2倍、また自閉症の子供達に劇を届ける劇団、バンブーズルも1、5倍増の助成金を獲得した。グラインドボーンの秋のツアーはリヴァプールや、カンタベリーなどを巡業し、地方に一流の芸術を届けるのになぜ?と、ふと思う。やはりオペラは限られた裕福な白人のための芸術とみなされているという事か。


話は変わるが、今年、主演女優賞を含むアカデミー賞6部門にノミネートされたケイト・ブランシェット主演映画、『TÁR /ター』がオペラを含むクラシック音楽界の人々の話題の中心になった。名門ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団における史上初の女性指揮者で同性愛者のリディア・タ―が権力をかざし、パワハラする中、過去の被害者が自殺することによって地位を追われ、彼女の精神状態も均衡を失っていくという話だ。指揮者の世界を扱った映画で、パワハラ、Me Tooムーヴメントなどをテーマに扱っており、日本では来月5月に上映される。


映画の最初、ターがインタビューを受ける場面で、実在の有名女性指揮者・マリン・オルソップの名が挙がるが、実際オルソップは英国全国紙、サンデー・タイムズのインタビューにおいて「『TÁR/ター』を観て女性としても指揮者としてもレズビアンとしても気分が害された」と語り、そちらも話題になった。権力をかざす男性指揮者はいるが、彼らと同じように嫌な人物を女性にやらせること自体、女性を敵視した作品だと語った。さらには、女性指揮者の第一人者である彼女自身、指揮者の世界で女性がチャンスを掴み、認められることは困難で、確実にバリアがある、と言っている。『TÁR/ター』はブランシェットの熱演にも拘わらずその主役像、およびクラシック界の描き方によって、好き嫌いが極端に分かれているかもしれないが、オルソップのインタビューを読んでみると、いずれにせよ、架空であってもカリスマ女性指揮者が権力を振るう『TÁR/ター』の世界は、指揮者の世界が未だに男性優位であるという現実に一石を投じた作品と感じられる。


ESGの概念は徐々にイギリスのオペラ界を含む芸術界に浸透してきているのを実感する2023年のスタートだった。

[1] 気候変動や人権問題など数多くの課題がある社会の中で、企業の具体的な取り組みの例としては、Environmental(環境)に対しては二酸化炭素排出量の削減、再生エネルギーの使用 などが、Social(社会)に対しては職場環境における男女平等、ダイバーシティ、インクルーシブ などが、またGovernance(ガバナンス)に対しては情報開示や法令順守 などがあげられる。

[2]アーツ・カウンシル・イングランド(Arts Council England, 略してACE)は、イギリスにおける芸術文化の持続可能な発展と、社会のあらゆる人々が芸術に触れる機会を提供することを目的としながら、多様な芸術活動への資金提供や保護活動を行う。資金は政府からとナショナル・ロッテリー(宝くじ)の売上金から来ているが、運営に政府からの鑑賞を受けない独立した団体である。

[3]原稿執筆時換算レートで計算するとおよそ81億4千万円。

[4]2015年に国連サミットで採択された世界共通の目標。17の目標と169のターゲットから構成される。国、企業、NPO、個人まですべてが協力して、経済・社会・環境の3つのバランスがとれた社会をめざす。企業がESGを意識した経営を行えば、結果としてSDGs達成のための企業活動に繋がるといえる。


ENOの本拠地、ロンドン・コロシアム ©ENO. Photo by Grant Smith
ENOの本拠地、ロンドン・コロシアム ©ENO. Photo by Grant Smith

グラインドボーンの庭園でくつろぐ観客たち ©Glyndebourne Productions Ltd. Photo: Joe Puxley
グラインドボーンの庭園でくつろぐ観客たち ©Glyndebourne Productions Ltd. Photo: Joe Puxley

今年3月にバレエ・ブラックが上演したNina: By Whatever Meansの一場面 ©Ballet Black. Photo by Bill Cooper
今年3月にバレエ・ブラックが上演したNina: By Whatever Meansの一場面 ©Ballet Black. Photo by Bill Cooper

2023年6月15日発行ACT4 106号( https://act4club.org )『ロンドン便り』にて掲載

Comments


bottom of page