• Miho Uchida

グラインドボーン音楽祭の芸術監督、スティーブン・ラングリッジ氏にインタビュー

Interview・Stephen Langridge (Artistic Director of Glyndebourne)


スティーブン・ラングリッジ氏
スティーブン・ラングリッジ氏 ©Glyndebourne Productions Ltd., Photo by James Bellorini

スティーブン・ラングリッジ

プロフィール


ロイヤル・オペラ・ハウス、ザルツブルグ音楽祭、シカゴ・リリック・オペラなど世界の超一流歌劇場で多数のオペラを演出。また囚人や身体障害者を出演者とする舞台作品を上演すると共に、世界各地で音楽、演劇を通した教育プロジェクトに従事するなど、舞台が担う社会的役割の発展にも力を注ぐ。2012年から2019年までスウェーデン・ヨーテボリ歌劇場の監督。2019年よりグラインドボーン・オペラの芸術監督。父親はテノール歌手のフィリップ・ラングリッジ。



©Glyndebourne Productions Ltd., Photo by Sam Stephenson
©Glyndebourne Productions Ltd., Photo by Sam Stephenson

英国内におけるコロナ渦がこのまま収まれば劇場は五月一七日よりオープンできる。開幕の確証を得られぬまま各オペラハウスは幸運を祈りながらリハーサルを重ねている。一九三四年から続く夏の音楽祭を司るグラインドボーン・オペラも例外ではない。せわしい一日が終わろうとしている夕刻に、ミーティングと照明合わせの合間を縫って芸術監督を務めるスティーブン・ラングリッジ氏が、ズーム・インタビューに応じてくれた。画面の向こうのラングリッジ氏は、グレーのワイシャツをカジュアルに着こなし、眼鏡越しにきらりと光る眼が才気に満ちていた。グラインドボーンの敷地内にある彼のオフィスにはレンガの壁の上に舞台写真やモダンアートの絵が整然と飾られ、温かみとクールさが調和し洗練されていた。


手の行き届いた庭園で楽しむ観客達 ©Glyndebourne Productions Ltd. Photo: James Bellorini
手の行き届いた庭園で楽しむ観客達 ©Glyndebourne Productions Ltd. Photo: James Bellorini

コロナ禍の規制により昨年の音楽祭はキャンセル、今年も現時点では劇場総席数の半分しかチケット販売ができない。類まれなる危機に瀕しながらもグラインドボーンはこの一年間、オンライン・ストリーミングや屋外オペラやコンサートなどの創作活動を続けてきて、決して士気が下がっていない、という印象がある。実際の内情はどうなのであろう。


「去年、フェスティバルを中止せざるを得なかった時は本当にショックでした。でもがっかりする代わりに自分たちには何ができるか、どこに創造のスペースがあるかを考えながら動いてきました。『オンラインができる。ジャーやろう。』『庭でなら上演できる。よしやろう。』というように。グラインドボーンにはスタッフも支援者も理事たちも会員たちも全員が一つの家族という意識があります。そして一人一人が「乗り越えられるさ!」という気概を持っています。困ったのはスタッフの三分の二はフリーランスだから彼らには政府から所得援助が出ない事でした。[1]  グラインドボーンは過去二〇年に渡って万が一の災害時に向けて貯蓄してきた積立金があり、それによって自立できています。加えて失業して生活に困窮した彼らを救ったのは寛容なパトロン、観客、グラインドボーンの会員からの寄付でした。これには本当に助けられました。コロナ禍による打撃は大きいし、長い道のりなので疲れてはいます。でも規制を遵守した公演を去年の夏から秋にかけて成功させた実績とフリーランスの職員を守ることができたという達成感が僕たちを将来に向けて前向きにしています」


規制緩和が進めば6月下旬からは全席オープンできる可能性あり。 ©Glyndebourne Productions Ltd. Photo: Sam Stephenson
規制緩和が進めば6月下旬からは全席オープンできる可能性あり。 ©Glyndebourne Productions Ltd. Photo: Sam Stephenson

 コロナ禍によって気が付かされたこと、そしてそれが今後の活動に影響することはありますか。という問いには熱を込めこう語った。


「オペラ上演における企画工程のいくつかの事項は、デジタル上で解決できることが分かりました。例えばミーティングのいくつかは芸術家たちの移動なしにオンラインでできます。上演については、僕たちにはオンライン・ストリーミングすることが可能でまたその需要があるということも分かりました。去年は八五万人がストリーミングを観ています。大勢の人に自分たちの作品を届けるという使命感を持つ我々にとっては画期的な発見です。ぜひこの分野を発展させていきたいです。一方コロナ禍によって、ライブ音楽が耳だけでなく身体全部に共鳴すること、そして体の奥底に潜む感情や想像力などを奮い起こす事を再認識しました。僕はこのオフィスの窓からリハーサルの声が聞こえる途端に体の内からうずうず湧き上がってくる興奮を覚えます。そしてざわめく劇場の中で上演者や観客と一緒に音楽を通して想像力を働かせる瞬間をいかに自分が欲しているかに気づきます。だからこれからは迫力がせまる舞台上演によるオペラとストリーミングの両方を発展させたいです」


2021年フェスティバルの演目の一つ、『コジ・ファン・トゥッテ』 ©Glyndebourne Productions Ltd. Photo: Mike Hoban
2021年フェスティバルの演目の一つ、『コジ・ファン・トゥッテ』 ©Glyndebourne Productions Ltd. Photo: Mike Hoban

 ラングリッジ氏はコロナ禍と同時に到来したブレグジットがオペラに及ぼす利点はないと言う。そして芸術家たちが自由に移動できるような、明確で理にかなった協定をまもなく政府がEUの国々と取り決めるよう望みをかけている。現在はグラインドボーンに出演する国際的アーティストはEUの国籍保持者が一番大きな割合を占めるが、ブレグジットによって英国人のアーティストを起用しがちになるかと尋ねると、


「答えはノーです。僕たちは頑なに国際的なフェスティバルであり続けます。オペラはヨーロッパ隅々に渡る文化でその発展は違う国のアーティスト達や観客達が文化交流することに頼っています。また若い芸術家たちのキャリア・ディヴェロップメント上、異国での経験というのは貴重です。ヨーロッパと英国の行き来がもたらすオペラの幅広い進展、そして若い芸術家の成長を止めることはしません。グラインドボーンは危機に面してもそれを乗り越えようとします。それが僕たちのスピリットです」


 最後にそう語ったラングリッジ氏に、困難に立ち向かってもオペラ界を発展させようとする芸術監督としての矜持を貫く姿を見た。グラインドボーンはこれからも大いに注目したいオペラハウスだ。


田園の中に聳え立つオペラハウス ©Glyndebourne Productions Ltd. Photo: Sam Stephenson
田園の中に聳え立つオペラハウス ©Glyndebourne Productions Ltd. Photo: Sam Stephenson

[1] 英国政府は2020年3月よりロックダウンによる休職中の従業員に対して、給料額の80パーセントを援助している。(最高限度額、月2500ポンド《原稿執筆時換算レートで約37万3500円》)執筆時における所得援助の期限は2021年9月末まで。


庭でくつろぐ観客 ©Glyndebourne Productions Ltd. Photo: James Bellorini
庭でくつろぐ観客 ©Glyndebourne Productions Ltd. Photo: James Bellorini

2021年グラインドボーン音楽祭、5月20日―8月29日

https://www.glyndebourne.com/festival/

最新情報は公式サイト参照


2021年5月25日発売ACT4 102号にて掲載

https://www.impresario.co.jp





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