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  • Miho Uchida

グレンジ・パーク・オペラ 2019の『ポーギーとベス』

Porgy and Bess at Grange Park Opera 2019


主役のポーギー(ムサ・クングワナ)とベス(ラキータ・ミッチェル)©Richard-Hubert-Smith

   ジョージ・ガーシュウィンはポピュラーとクラシックの両分野で活躍したアメリカの作曲家だ。『レディー・ビー・グッド』(1924)等のブロードウェイのミュージカルや『ラプソディ・イン・ブルー』(1924)に代表される管弦楽曲のヒット作を立て続けに世に送り出し、莫大な富と名声を獲得したが、脳腫瘍によって、1937年に38歳という若さでこの世を去った。そのガーシュウィンが、ジャズ音楽と西洋のオペラ音楽、アフリカ系アメリカ人の民族音楽、そして彼自身のルーツであるユダヤの礼拝曲のイディオムを用いて作ったのが『ポーギーとベス』。セリフやダンスもあり、限りなくミュージカルに近いオペラだ。第1幕第1場で歌われる「サマータイム(Summertime)」は、ジャズにもアレンジされてスタンダードナンバーの1つとなっている。

   1935年に初演された『ポーギーとベス』は、1920年初頭のアメリカ南部、サウス・キャロライナ州の港町・チャールストンを舞台にした貧しいアフリカ系アメリカ人の生活を描いている。登場人物が一人を除いてすべて黒人という設定だが、麻薬に汚染された喧嘩っ早いという描写が黒人に対する差別主義だと議論を呼んだ作品でもある。

   ジャン・ピエール・ヴァン・デル・スプイの演出の下、フランシス・オコナーがセット・デザインを担当し、階段を駆使して、近隣と密接に結びついた「ナマズ横丁」という名の貧民街の様子をよく表現していたと共に、朝もやのくすんだ青色や夜の街の喧騒を表す黄色など、デイヴィッド・プレイターの優れた照明の効果がより一層の雰囲気を創り出していた。リジー・ジーの踊りの振り付けはキレがよくコーラスと相まって貧民街らしい慰み的な楽しさがよく出ていた。指揮は女優ジョアンナ・ラムリーの夫でもあるスティーフン・バーロー。小気味よい南部の黒人音楽とリリカルなオペラ曲、そのそれぞれを、彼は歯切れよく指揮し、率いられるBBCコンサート・オーケストラも、それに応えて胸が高鳴るほど見事に奏でていた。クララを演じたフランチェスカ・チェジーナが、明るい伸びやかな声で歌った「サマータイム」は逸品だった。ロビンの妻のセリーナを演じたサラ‐ジェーン・ルイスは「うちの人は逝ってしまった(My man’s gone now)」をブルース的な深い声で歌い、その声は骨の髄まで響くような凄みがあった。ムサ・クングワナがタイトルロールのポーギーで、ベスを献身的に愛するが故の温かみのある歌い方が印象的だった。ラキータ・ミッチェルの演じたベスは時に魅惑的で時に女々しく現実味のある役作りだったが、無味乾燥な演技をすることもあると感じた。

   このオペラは英国ではあまり上演されないが、情熱的で人間味とユーモア溢れる人物描写と思わず口ずさみたくなるような曲の数々は誰にでも親しみやすく、優れた黒人歌手が増えている今日、もっと上演される機会が増えていい気がする。その先鞭を切ったのがグレンジ・パーク・オペラだ。演目も会場も毎年確実に観客を惹きつけるべく進歩しており、今年も目が離せない。


貧民街を表現したステージでのコーラスとダンス ©Richard-Hubert-Smith

名曲「サマータイム」を歌うクララ(フランチェスカ・チェジーナ)©Richard-Hubert-Smith

2019年7月25日発行のACT4、91号「ロンドン便り」にて掲載


 

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