• Miho Uchida

ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)の『ワルキューレ』

Die Walküre by Wagner at the Royal Opera House



ラストシーン、ヴォータン役のジョン・ルンドグレンとブリュンヒルデ役のニーナ・シュテンメ


©ROH,Photo by Bill Cooper


『ワルキューレ』はワーグナーの『ニーベルングの指輪』4部作の第2作目に当たる。それぞれが個別に完結している4作の中では一番人気で、単独上演数も一番多い。その理由は人間の感情を熟知したワーグナーが書いた台本に上演中休みなく胸が締め付けられるように共感させられること、そしてライトモティーフの精巧な使い方の際立つ音楽に終始心を刺激されると共にその技術に感動するからだ。ジークムントのジークリンデに対する愛情や、2人の愛に心向けたブリュンヒルデが父親のヴォ-タンの命令に背いて、2人を助けるという彼女の勇気、またその結果として苦しみながらも最愛の娘の神性を奪い、勘当し、眠らせ、彼女の周りを火炎の輪で囲むというヴォータンの冷徹さに観客は心臓をわしづかみされる。


さてこの作品は2004年にキース・ワーナーによって演出されたものでROHにおいて3回目のリバイバルであるが今回が最後と言われている。ステファノス・ラザリディスのデザインした舞台セットは時に象徴的な意味をもつ小道具がたくさんありすぎて少しわざとらしいような気がした。歌手たちはそれぞれの役の性格描写をこの上なく的確に歌と演技で表現していたと思う。ジークムントを演じたスチュアート・スケルトンは英雄らしく颯爽としていたが、「冬の嵐は過ぎ去り」(Winterstürme wichen dem Wonnemond)を歌うその歌声は甘美で私は心がとろけそうだった。しかし、ジークリンデを演じたエミリー・マギーとのケミストリーがあまり感じられなかったのは残念だ。フンディングを演じたエイン・アンガーは、陰鬱にふらふら歩く姿や声に凄みがあり歌も秀逸だった。この日一番光っていたのはブリュンヒルデを演じたニーナ・シュテンメである。現在ブリュンヒルデ役で彼女に双肩するものはいないといわれているだけのことあり、彼女の豊かで感情に訴える力を持った力強い歌声に惹きこまれた。特に第2幕の「死の告知」(Todesverkündigung)に登場した時のその厳粛さや、第3幕での、傷つきながらも父、ヴォータンに服従する娘の演技は真に迫り観客の心を揺さぶった。ヴォータン役のジョン・ルンドグレンも最後の別れのシーンの苦悩する父親を鬼気迫る演技で全うし感動的だった。またフリッカを演じたサラ・コノリーは第二幕で夫ヴォータンに対する苦々しい怒りを気高く威厳をもちながら吐露しその演技は気迫こもっていてさすがだった。


ワーグナーは『ニーベルングの指輪』のヴァルハラのライトモティーフの音色を求めてワーグナーチューバを開発したが、その他にもこのオペラの為にコントラバス・チューバやバス・トランペットをオーケストラに新たに取り入れた。それだけに金管楽器奏者たちの活躍は顕著である。この日も剣やフンディング、また有名なワルキューレの騎行のライトモティーフを奏でる金管楽器の多様な音色にうっとりして思わず何度もオーケストラ・ピットを覗き込んでしまった。アントニオ・パッパーノは、ペース良くオーケストラを率いていたが、彼はワーグナーの解釈よりプッチーニの方が似合っていると思ったのは私だけであろうか?


『ニーベルングの指輪』4部作は一度観だすとはまってしまう。ワーグナーの比類なき創造性の表れた音楽と北欧神話、「ニーベルンゲンの歌」やアイスランド伝説などの引用から組み立てられた物語が織り成すユニークで知的で精巧な芸術に引き寄せられてしまうのだ。全4作で15時間以上も座っていなければならないのにチケットは売出しと同時に完売してしまうほどの人気だ。今度『ニーベルングの指輪』がROHで全作続けて上演されるのはいつになるか判らないのでその前に世界のどこかに観に行きたい。ちなみに2019年のバイロイト音楽祭では上演されないもののニューヨークのメットでも、またワーグナーの生誕地であるライプツィヒでも来春上演される。

ジークムント役のスチュアート・スケルトン

©ROH,Photo by Bill Cooper

ジークムント役のスチュアート・スケルトンとジークリンデ役のエミリー・ マギー

©ROH,Photo by Bill Cooper

フンディング役のエイン・アンガー

©ROH,Photo by Bill Cooper

ブリュンヒルデ役の ニーナ・シュテンメ

©ROH,Photo by Bill Cooper

フリッカ役のサラ・コノリーとヴォータン役のジョン・ルンドグレン

©ROH,Photo by Bill Cooper




 November 2nd, 2018付 J News UK (www.j-news-uk.com) に掲載


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