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Miho Uchida

デューク・オブ・ヨーク劇場 『ファリネリと王』

Farinelli and the King at the Duke of York’s Theatre


ファリネリ役のイエスティン・デイビス ©Mark Brenner

   演技派男優として人気のマーク・ライランスが好演していると芝居好きの友人が絶賛してた、ウェスト・エンドの芝居『ファリネリと王』。何気なく話を聞いていたのだが、前号書いたイエスティン・デイビスが歌っていたというので、俄然、興味が湧いてきた。しかしチケットは既に完売。だが、当日券が毎日24枚売られるという。翌朝、デューク・

オブ・ヨーク劇場まで駆けつけたが、既に列ができていて、私は28人目。念のため最後尾に並んで待ってはみたが、私の前で売り切れた。悔しくて窓口の紳士に「何時から並べば確実にチケットが買える?」と尋ねると、 「 7時だね 」 という答。翌日、娘 にスターバックスで朝食を食べてもらい、7時20分に劇場に着くと、前から5番目。これで券が買える!  1人2枚まで買えて、おまけに10ポンドで特等席。本気で見たい人が格安の値段で一流の演劇を鑑賞できるこのシステムは、シアター文化が国民に浸透している英国ならではの素晴らしいサービスだ。

   さて、『ファリネリと王』は、18世紀のイタリア人カストラートを題材とした作品だ。鬱病に苦しむスペイン王、フェリペ5世は、妻のイザベラ王妃が宮廷に招待したファリネリの神々しい美声を聞いた直後、鬱から脱出し、再び公務に就けるようになる。王は、ファリネリの音楽の鬱に対する効果を期待して、彼を王室歌手として雇う。ロンドンで人気絶頂だったファリネリは32歳で舞台を降り、その後、22年間スペイン宮廷の為に歌ったという話だ。16~17世紀音楽の専門家である脚本家クレア・ヴァン・カンペン(マーク・ライランスの妻)がこの史実をバロックオペラからのアーリアをふんだんに取り入れた芝居に仕上げ、実力派俳優を揃えた。

   フェリペ5世を演じるマークは、スティーブン・スピルバーグのお気に入りとの事。映画『ブリッジ・オブ・スパイ』では、スパイという役柄のせいか、台詞は少なく、むしろ、その表情を駆使した演技が光っていたが、『ファリネリと王』では、言葉による表現、時におかしく、時にはもの悲しい台詞を通した演技をもって、妄想症に翻弄された滑稽且つ暴力的な王を見事に体現していた。一方のファリネリは、サム・クレーンが演じ、イエスティン・デイビスが歌に専念すると言うダブルキャストだった。これはカンペン女史がイエスティンの演技力に疑問を持っていた為かと想像したが、この推測は前号で書いた通り、私が『サウル』での彼の演技力にある種の先入観を持っていた為だ。しかし、イエスティンは相変わらずの透明感のある哀調を帯びた美声でアーリアを7曲歌い、一方、サムはもの悲しげな美男子で、その表情は、正に幼少時に去勢されたが故、常に暗さを纏わざるを得ないファリネリの苦悩を伝えていた等、この声と演技によって、2人共がそれぞれ観客を魅了した。しかも、入れ替わりが巧みだった事から、効果的な演出を狙った彼女独特の仕掛けなのだと納得した。

   幕が下りた後、同じく特等席に座る、共に3時間並んだ面々と「並んだ価値あったね」

と挨拶を交わし、再会を誓った。


映画俳優としても人気、フェリペ5世役のマーク・ライランス ©Mark Brenner

マーク・ライランスと イザベラ王妃役のメロディー・グローブ ©Mark Brenner

2016年1月25日発行のACT4、70号「ロンドン便り」にて掲載


 

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