【TDK オーケストラ・コンサート 2022】
London Symphony Orchestra at Suntory Hall on 6th October 2022
Berlioz, Takemitsu, Ravel, Sibelius & Bartók conducted by Sir Simon Rattle
(TDK Orchestra Concert 2022)
サントリーホールの音響効果は抜群だ。席に着くやいなや音合わせをしている楽器奏者たちの発する取り留めのない音に接してそう感じた。もしやLSOの本拠地であるロンドンのバービカンホールでは経験できないマジカルな体験ができるのではないかと急にワクワクしてきた。そしてその期待は裏切られることはなかった。
LSOと共に来日するのは4年ぶりというラトル氏はその嬉しさを隠せないかのように、にこやかに登場した。
オープニングにはエクトル・べルリオーズ(1803-1869)の序曲「海賊」。ベルリオーズがシェイクスピアとの出会いを「衝撃だった」と語り、崇拝していたのは有名だ。シェイクスピアが言葉で徹底的に人の心理描写をしたようにベルリオーズは「海賊」の音楽で、海から連想できる全ての光景と、海賊の持つ勢いと意気込みを描いた。LSOの演奏はフレーズからフレーズへの移動が木から木へと飛び移る野生の動物のごとく自然で軽やかだった。そして最後の盛り上がりでは、身の毛がよだち自分が最後の音とともに空に飛んでいって消えてしまうような幻想的な感覚を覚えた。
続いてラトル氏が友人だったという武満徹(1930-1996)のトロンボーン協奏曲「ファンタズマ/カントスII」。首席トロンボーン奏者のピーター・ムーア氏は2種類のミュート(弱音器)を使い、どこか懐かしい音や、曇った音、そして弱音器なしの、抜けのいい、伸びるトロンボーンの音色を駆使しながら、ファンタジックな武満の世界を奏でた。
次はモーリス・ラヴェル(1875-1937)の「ラ・ヴァルス」。優雅なウィーンのワルツのリズムが見え隠れしながらも混沌として破滅的な要素が迫りくる迫力のある曲だ。LSOの演奏は優雅と迫力の中に繊細さが織り交ざっていてジェットコースターに乗っているような思いがした。彼らの演奏は至極、洗練されていて研ぎ澄まされていた。そして聴いている者の心の中の闇や痛みを吹き飛ばすような人を奮い立たせる力があった。パフォーマンスが終わった時は拍手がいつまでも鳴りやまなかった。
休憩時間のあとはジャン・シベリウス(1865-1957)の「交響曲第7番ハ長調op.105」で始まった。この交響曲は弦楽器が川の流れを喚起させるように響いていると思えばトロンボーンの音が太陽の陽ざしのように鳴り渡ったりと、大自然の畏敬の念を起こさせるような雄大さが感じられる。ティンパニー、フルート、トロンボーン、オーボエのパッセージがそれぞれ心に残るが、各楽器から引き出された音の色彩はバランスが良く取れていて一体感があった。ラトル氏に率いられたLSOオーケストラの息のあった団結力と同時に各々の奏者のわきまえた演奏のしなやかさによるものであろう。
次にはシベリウスの「第7」と同じ1924年に書かれたバルトーク・べーラ(1881-1945)のバレエ「中国の不思議な役人」組曲が続いた。迫り狂う恐怖と激しい心臓の動悸を不協和音や速いビートで表現した音楽は殴られても殴られても立ち上がる中国人の役人を表現し、LSOの演奏はその恐怖感を如実に表し、緊迫していて、クライマックスでは背筋が凍るような緊張感を覚えた。
最後までラトル氏は登壇時の高揚感を保ちながらLSOの団員を牽引し続けた。そしてその夜全体が優美な感じがしたのはラトル氏が優雅で余裕があるからであろう。
プログラム終了後、万雷の拍手に応え、アンコールでフォーレの「パヴァーヌ」を演奏し、静かにエレガントにその日の演奏を終えた。しっとりと響くフルートのソロが琴線に触れたのは言うまでもないが、様々な楽器の奏でる楚々とした旋律がサントリーホールでは最高に映え、心を揺さぶられた。今回の来日における川崎ミューザでの演奏後もミューザの音響効果を「ブラボ!」と讃えたというラトル氏だが、この日の公演後もサントリーホールの天井を指さしてその音響効果を讃えていた。
サントリーホールは音響効果が優れているだけでなく、見た目も誠に美しい。三角錐の形が並んだホワイト・オーク材でできた側壁、同じ三角錐の形に凹凸に並べられた正面のパイプオルガンのパイプ、そして内側に湾曲している天井は客席のすみずみに理想的な反射音を伝えるのみならず、デザインが完璧で、目にも快楽を与えてくれる。サントリーホールとラトルとLSO――極上の時間を生み出す世界有数の組み合わせだ。
取材協力:KAJIMOTO
2022年10月11日付 J News UK(https://www.j-news-uk.com)に掲載
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