Orpheus and Eurydice by Christoph Willibald Gluck at English National Opera
ENOは今秋ギリシャ神話に出てくる吟遊詩人、オルフェウスを題材にしたオペラ4つの新作品を「オルフェウス・シリーズ」として続けて上演する。皮切りはウェイン・マクグレガー演出によるグルックの『オルフェオとエウリディーチェ』だ。マクグレガーは、ダンスの振付師、および演出家として二つのオリヴィエ賞を含む多数の賞を獲得している現代のカリスマ振付師で、ロイヤル・バレエの専属振付師であると同時に、自分のダンス・カンパニー、ウェイン・マクグレガー・スタジオの芸術監督としても活躍している。彼が手掛けたこの『オルフェオとエウリディーチェ』も、ダンスとオペラがコラボした作品に仕上がっている。18世紀に創られたグルックの作品はバロック音楽と古典派音楽の橋渡しの役を成したことで有名だが、この作品はグルックの大ファンであったベルリオーズが彼の作品を書き換え、1859年にパリで上演したものを使っている。3人のオペラ歌手が扮するオルフェオ、エウリディーチェ、愛の神の他にウェイン・マクグレガー・スタジオの14人のダンサーが舞台で活躍する。
オルフェオには、ズボン役を得意とし世界で活躍するメゾ・ソプラノのアリス・クート。最初から最後まで心を込めて歌っている姿が印象深かった。開演前にクートは風邪をこじらせているとアナウンスがあったが、そんな悪条件の中歌ったとは思えないほど声に深い表現力があった。特に第2幕において地獄の入り口で復讐の女神たちや死霊を説得するときの歌声は太く伸びやかで感情がこもっていた。また有名なオルフェオのアリア、「エウリディーチェを失って」("Che farò senza Euridice?"/"J’ai perdu mon Eurydice")も心に訴えた。一方、オルフェオの妻、エウリディーチェ役にはENOではお馴染み、ソプラノのサラ・ティナンが扮した。見た目のか弱さとは裏腹に、勢いがありシャープでクリアな歌声はいつもながら観客のハートをとらえた。とりわけ最終幕におけるクライマックスのオルフェオとのデュエットは2人の息もぴったりで秀逸だった。そして愛の神に扮したのは急成長している新星スター、ソラヤ・マフィ。エネルギッシュな演技が印象的だった。通常の『オルフェオとエウリディーチェ』とは異なりコーラスは舞台上ではなくオーケストラ・ピットの中で歌っていた。そのせいか声がこもって聞こえたのが残念だ。
指揮者はバロック音楽と古典派音楽の指揮で有名な、しかもサンタフェオペラの芸術監督も務めるハリー・ビケット。きびきびして、堂々とした指揮はENOのオーケストラをたゆむことなく先導していた。ファッション・デザイナーのルイーズ・グレイの担当した衣装は、近未来を意識したという。ダンサーの衣装にコントラストのはっきりした派手な色を使ったり、また暗い舞台で光る蛍光色を使うなど、モダンかつ前衛的でコシノ・ミチコ・ロンドンのファッションショーを見ているようだった。リジー・クラッヘンの舞台セットはシンプルで大きなスクリーンが配置されているだけだった。そこに幾何的な映像が映るのみのセットなのでENOの大きな舞台が伽藍洞に見えた。クラッヘンは「オルフェウス・シリーズ」全4作の舞台セットを担当する。14人のダンサーたちのコンテンポラリーダンスの動きはしなやかで幻想的でクオリティが高いが、それが歌手達の歌と演技、またグルックの森の泉のように澄んだ音楽を引き立ててオペラとダンスの優れたコラボになっていたかどうかには疑問を感じた。このプロダクションがマクグレガーが自分のダンスカンパニーを使った初めてのオペラだというが、「オルフェウス・シリーズ」第一弾としてはいくつかの課題を残した感がある。その一方でこれから続くシリーズの演出上の冒険がどんなものかが楽しみだ。
イングリッシュ・ナショナル・オペラで11月19日まで上演中。
イングリッシュ・ナショナル・オペラで11月19日まで上演中
8th October 2019 J News UK (www.j-news.uk.com) にて掲載
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