Country House Opera Festival in England during the summer 2020
タキシードとロングドレスに身を包み、幕間にマナーハウスの庭園でピクニックを楽しむカントリー・ハウス・オペラ・フェスティバル。英国のオペラ愛好家にとっては夏の恒例行事だ。がしかし、コロナウィルス感染拡大の影響はここでも例外ではなく、今年の夏は歴史に残るであろう「失われたシーズン」となった。観客と一体となって音楽を分かち合うことができないこの状況下、多くの英国の夏のオペラ・フェスティバルがオンライン配信によって人々に音楽を届けている。カントリー・ハウス故の風情は味わえないものの、各団体は独自の工夫をしていて、乙なオペラ鑑賞ができる。ここでは特に印象に残ったものを紹介したい。
まずは大御所グラインドボーン。「オープン・ハウス(Open House)」と題し、フェスティバルが始まるはずだった五月末以降、毎週日曜日の一七時から選りすぐりのオペラを一週間ずつ配信している。幕開けを飾ったのはモーツァルトの『フィガロの結婚』だ。このオペラはグラインドボーンの歴史の中核をなす特別な演目だ。一九三四年のグラインドボーンの初めての開催時にも、一九九四年における現在のオペラハウスのこけら落としにも上演された。グラインドボーンが「オープン・ハウス」の開幕に『フィガロの結婚』を選んだことは、この新しい試みを通して「失われたシーズン」を次への飛躍の序章として歴史に刻もうとしているからであろう。通常の開演時刻と同じ一七時に配信をスタートするのが心憎い。さらに「平和なひと時」と題した付属のビデオでは世界中の牧歌的な民謡を毎週一つずつ紹介している。「オープン・ハウス」には穏やかな気持ちがよく似合う。ワイン片手にグラインドボーンの田園で戯れる羊を思いながら観てほしい。
そしてロンドン北西にあるチルターン丘陵に佇むガーシングトン。『スケーティング・リンク』や『ねじの回転』などガーシングトンの自信作を「ガーシングトン・アト・ホーム(Garsington At Home)」と題して放映している。付録として公開中のオペラの解説や鑑賞時に飲むカクテルの作り方のビデオも用意してあり、家でのオペラ鑑賞が至福のひと時になるような道筋を示してくれる。ガーシングトンの最大の魅力である風光明媚な庭園への案内ビデオもあり、来年こそは行くぞ、という気にさせる。配信中のオペラの中ではルイザ・マラー演出によるブリテンの『ねじの回転』が興味深い。ガラス張りのオペラハウスを通過する自然光を舞台照明として利用しており、大邸宅のセットに差し込む太陽の光は主役の住み込み女性家庭教師の清々しい内面を表すかのようだ。時間が経過し外が真っ暗になる頃には、舞台にはろうそくの光だけがボーっと灯る。主役の内面も恐怖の闇に包まれていき、物語は背筋の凍るような怪談へと変化していく。一二月一九日まで鑑賞可能なのでぜひご覧あれ。
そして常に前進していて目が離せないグレンジ・パーク・オペラ(GPO)の配信プログラム、「ファウンド・シーズン(Found Season)」。GPOは過去に録画されたオペラではなく、今年新たに観客のいないGPOのオペラハウスにおいて演奏されたコンサート等を配信している。バリトン歌手のロデリック・ウィリアムズのコンサート、またスーパースター、ブリン・ターフェルの演奏等がハイライトだ。特徴はその日のピクニックのアイディアも提供しているところだ。オードブル、メイン、デザートのメニューのレシピを載せている。鑑賞前にはピクニックの用意をして画面に向かおう。庭やベランダにピクニックバスケットを持ち出して、シャンパン片手にくつろぎながら観れば一日の疲れが癒されること間違いなしだ。
現在劇場が閉まっていることから、オペラは経済的に存続できるか否かの瀬戸際に立たされている。英国カントリーハウス・オペラの配信プログラムを堪能した際はこの偉大な芸術を存続させるためにぜひ寄付して頂きたい。ボタン一つで簡単にできる。
2020年7月25日 ACT4、97号「ロンドン便りスペシャル」にて掲載
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