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Miho Uchida

パリ・国立オペラの『ドン・ジョヴァンニ』、オペラ・バスティーユにて

Don Giovanni at Opéra Bastille, Opéra de Paris


右)ドンジョヴァンニ演ずるクリスチャン・ヴァン・ホーン 左)レポレッロ演ずるクジストフ・バクジック ©Vincent Pontet

コロナのオミクロン株が猛威を振るい、世界中のオペラハウスで歌手交代が日常茶飯事になってはいるもののどのオペラハウスも公演を続けるべく努力している。パリ・国立オペラもその一つ。イギリスではコロナ規制が徐々に緩和され、フランスから帰国の際の自己隔離もPCRテストも不要になったのでオペラ・バスティーユに『ドン・ジョヴァンニ』を観に行った。トニー賞、ローレンス・オリヴィエ賞を始め、世界中の演出賞を総なめしているベルギー出身の巨匠、イヴォ・ヴァン・ホーヴェの2019年の演出作品のリバイバルだ。


幕が上がると中央に暗い路地が通っていてその両側には打ちっぱなしのコンクリートでできた建物が聳え立つ。中央路地の上方には両側の建物を繋ぐ階段が太鼓橋を中央で半分に切ったように渡っている。全体的に舞台は暗いが、路地の上方から白光が差し込み、階段と路地を照らし出す。まるでキアロスクーロの絵画のようだ。光の成す技を計算しつくした舞台はその美しさが印象的で今でも脳裏に焼き付いている。舞台と照明はヤン・ヴェルスウェイヴェルドのデザインだ。たくさんの窓と階段、そしてドアが備わっている3つの巨大な打ちっぱなしのコンクリートの建物からできたセットはゆっくり回って各場面に相応しい舞台を違和感なく創り出す。ドン・ジョヴァンニの主催するパーティーの場面では大きな屋敷の雰囲気を創作し、更に暖色の光を用いて華やかな夜会のムード作りを成功させていた。幕開けからドン・ジョヴァンニが地獄に落ちるまでずっと暗い舞台であったが、この世から悪党がいなくなった暁には舞台が急に明るくなった。コンクリの建物の窓には花が咲き乱れ、温かな陽ざしが差し、生気に満ちた画面に早変わりしたのだ。至極単純明解で倫理的には好みの展開だった。舞台セットで特筆すべきところは最後にドン・ジョヴァンニが地獄に落ちるときの映写だ。グジグジと何かが動いていてとても気持ち悪くて地獄のぞっとするような感じが視覚から感じ取れた。次第に画面は拡大され実は人々が泥の中でうごめいていることが分かったが、それは奈落で苦しむ人間の姿を現しているようだった。


アン・デュイーズのデザインした衣装は現代風なシンプルなコスチュームで、男性陣と言えば、襟付きのシャツにズボン。それに加えて、時と場合によってジャケットとネクタイを身に着けていた。女性陣の衣装もシンプルなひざ丈のドレスで色は黒や、灰色、カーキ色ととても地味。しかしながら、どことなく洗練されていて上品で見た目に美しかった。


シンプルなのはそれだけではない。「ドラマ・ジョコーソ」と名付けられているにも拘わらず滑稽な場面や登場人物がいなく、ドロドロしたところもない。ドン・ジョヴァンニの従者レポレッロなど従来と異なり、ひょうきんさが全くなくそこは面白みに欠けると感じた。


今回は女性歌手の活躍が目覚ましかった。二コル・カーはで優しく気品があり知的なドンナ・エルヴィーラを演じ、好感が持てた。彼女の声は落ち着いていて情緒があり、会場に響き渡り、「あの不実物は私を裏切り」(“Mi tradi quell’alma ingrata”)を歌い終わった時は拍手喝さいが沸き起こった。ドンナ・アンナを演じたアデラ・ザハリアは存在感がひと際あり、声量もあり、「私に言わないで、私の恋人」(“Non mi dir, bell'idol mio”)を歌った時は観客を虜にした。ツェルリーナを演じたアンナ・エル―カシェムも「薬屋の歌」(“Vedrai, carino”)を歌った時は、声に溶けるろうそくを思い起こさせるようなつやがあり観客を唸らせた。またレポレッロを罰するときの猛々しさは彼女の演技力を発揮できた場面だった。ドン・ジョヴァンニを演じたクリスチャン・ヴァン・ホーンは深みのあるワインのようなダークな歌声で後半に向けて本領を発揮していった。騎士団管区長を演じたアレクサンダー・ツンバリュクは年が若すぎてまたドン・ジョヴァンニに懲罰を与えるほど声に重みがなく、もっと彼に相応しい役どころがあると思えた。マゼットを歌ったミカイル・ティモシェンコもドン・オッターヴィオを演じたパヴェル・ペトロフもレポレッロを歌ったクジストフ・バクジックも好演したがこれと言って印象に残る歌唱がなかった。


指揮者ベルトランド・ドゥ・ビリーは歌手の好みに合わせてアリアのテンポを調節し、またきびきびした溌剌とした指揮で国立パリオペラのオーケストラを率いていた。


イヴォ・ヴァン・ホーヴェの作品はセットも衣装も演技も歌も倫理的な展開も無駄がなくさっぱりしていた。あか抜けていて人を惹きつける力がある。女性歌手陣の卓越した才能にも助けられ、大家の演出するモーツァルトの人気オペラは一見の価値がある。


*パリ・国立オペラ、オペラ・バスティーユにて3月11日まで公演。チケットはこちらから。


*キャストは異なりますが、同じ作品がパリ・国立オペラのオンライン・ストリーミング「シェ・ソワ・オペラ・ド・パリ」で、7.99英ポンド(原稿執筆時換算レートで約1,250円)で観られます。30日間見放題です。


ドンナ・エルヴィーラを演じる二コル・カー ©Vincent Pontet

左)アデラ・ザハリア(ドンナ・アンナ)右)パヴェル・ペトロフ(ドン・オッターヴィオ)下)アレクサンダー・ツンバリュク(騎士団管区長)©Vincent Pontet

左)マゼット演ずるミカイル・ティモシェンコ  右)ツェルリーナ演ずるアンナ・エル―カシェム ©Vincent Pontet

ドン・ジョヴァンニ主催のパーティーの場面 ©Vincent Pontet

ドン・ジョヴァンニが地獄に落とされる場面 ©Vincent Pontet

ドン・ジョヴァンニが地獄に落ちた後のオペラ最後の場面 ©Vincent Pontet

2022年2月16日付、J News UK(https://www.j-news-uk.com/) にて掲載



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