Jack the Ripper: the Women of Whitechapel by Iain Bell at the English National Opera
「切り裂きジャック」と言えば、19世紀のイーストロンドンで起きた連続猟奇殺人事件の犯人を指す。5人の犠牲者はみな売春婦であり、殺害された後、死体がバラバラに解体された上に特定の臓器を取り出されていたという犯人の嗜虐性が世界中を震撼させた。と同時に犯人が捕まらなかったことが、人々の興味と想像力を掻き立て、この事件を題材にした映画、小説、漫画などは世界中で後を絶たない。
この有名な猟奇事件を奇才作曲家、イアン・ベルがオペラ化した。リブレットはエマ・ジェンキンズによるものだ。しかしこのオペラには「切り裂きジャック」本人は出てこない。オペラのサブタイトルが示唆するように、犠牲者の女5人が生活していた当時の貧困地域、ホワイトチャペルの女性たちに焦点を当てている。持っているものは自分の体だけ、それを売りながら生き延びている女性コミュニティーの切なさと仲間内の温かさ、そして世代が変わっても性的搾取の泥沼から抜けることが出来ない悪循環、またそのような環境にいても失うことない未来に向かっての希望を描いている。このコンセプトに間違いはなく、当時の女性たちの感じた恐怖と哀愁も伝わり、心の琴線に触れたのだが、「切り裂きジャック」という題名から人々が期待するサスペンス的なドラマの展開は皆無の冗長なオペラだった。
ダニエル・クレイマーの演出はホワイトチャペルの夜の暗鬱さと黒いシルクハットを被り女性の獲物を狙う男たちの不気味さが印象的で、スートラ・ギルムールのデザインした閉塞感を与える収容所のような真っ黒な木賃宿兼売春宿のセットが更に陰鬱さを加味していた。なおスートラのデザインした衣装は、5人の犠牲者のコスチュームの色を鮮やかで美しいものにすることで、他の女性たちから際立たせ、彼女たちに降りかかる悲劇を表していた。
イアン・ベルは、メアリーの娘・マグパイの敏活さを表現する上でアンティークシンバルを使ったり、メアリーに恋する廃馬畜殺場の労働者・スクイビーの描写にはヴァイオリンのピッチカートを使ったりと、登場人物の特徴を巧みに表現すると共に霧闇を表すのにシンバロンを使うなど雰囲気作りにも秀でていた。そしてその音楽をマーティン・ブラビンの丁寧で計算された指揮に率いられたENOのオーケストラが落ち度なく演奏した。
5人の犠牲者たちには、スーザン・ブロック(エリザベス・ストライド役)レスリー・ギャレット(キャサリン・エドウェス役)、ジャニス・ケリー(ポリー・ニコルス役)マリー・マクローリン(アニー・チャップマン役)、ナタリヤ・ロマニ(メアリー・ケリー)の精鋭ソプラノ歌手を揃え、それぞれの持ち味を生かした5重唱が素晴らしかった。特筆すべきはメアリーを演じたナタリヤ・ロマ二と木賃宿の女主人、モウドを演じたジョセフィン・バーストウの優れた歌声と演技である。ナタリヤは、銀鈴のように響く声で観客を魅了し、また娘のマグパイを売買契約から助けたい一心の母親の迫真の演技が光っていた。ジョセフィンは78歳にして高音も確かで演技も煌めくものがあり「さすが」と恐れ入った。ただ、惨い殺人シーンやハラハラドキドキ、わくわくするようなドラマ展開はなく、印象的なアリアもないなか、第一幕と第二幕と合わせて3時間は長すぎて、つわもの歌手達の演技が十分に生かされずに残念だったと感じたのは私だけではないと思う。
5th April, 2019 付 J News UK (www.j-news-uk.com) に掲載
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♯ジョセフィンバーストウ
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