Philip Glass's Akhnaten at the English National Opera
カウンターテノールのアンソニー・ロス・コスタンツォが、ENOの『アクナーテン』でタイトルロールを演じるというので私は彼の渡英を首を長くして待っていた。アンソニーは本誌八十六号のPeopleの欄でも登場したが、昨年の夏、銀座の歌舞伎座で上演された『源氏物語』で海老蔵と共演したニューヨーク在住の知的でチャーミングなアーティストだ。『アクナーテン』は古代エジプト第十八王朝の王であったアクナーテンを題材にした、フィリップ・グラス作曲の*ミニマル・ミュージックによるオペラである。そしてこの作品はフェリム・マクダーモットによる演出で二〇一七年のオリヴィエ賞で最優秀新オペラ作品賞を受賞した傑作だ。今回は初のリバイバルであるが前回と同様にチケットは完売。大評判である。
公演初日の三週間前、東ロンドンに位置するスリーミルズ(Three Mills)のリハーサルスタジオにアンソニーを訪ね、一緒にランチした。薄ピンク色に染めた髪がやけに似合っていたのが印象的だ。そしてにこにこしながらも、熱く『アクナーテン』の魅力について語ってくれた。「時にミニマル・ミュージックは情緒がないと思われがちだけれども『アクナーテン』の音楽は人々の琴線に触れると思う。グラスの構築する音楽は、リズムとハーモニーが変わる瞬間にものすごく感情に訴えるものがあるんだ。音楽に合わせて自分をゆったりさせてみて。ペースがゆっくり過ぎて最初の一〇分は居心地が悪くて、三時間なんてとても座っていられないと思うかもしれない。けれど体を音楽に合わせてゆったりさせることによってだんだん心地よくなってくる。そして、しまいには病みつきになる。音楽がこの作品の視覚的な煌びやかさと合わさって自分を想像できなかったところまで連れて行ってくれる。これはそんなオペラだ。僕はこの作品が大好きなんだ」
さてオープニングナイトに行った私は彼の言っていたことがストンと胸に落ちた。指揮はグラスの曲の指揮では比肩する者がいないと言われているカレン・カメンセック。彼女のタクトに導かれENOのオーケストラは安定したペースで繰り返しの続くグラスの音楽を奏で続け、観客を感動の極みにもっていった。トム・パイのデザインした舞台セットとケヴィン・ポラードの担当した衣装は神秘的な古代エジプトの世界を強烈とさえいえるほど鮮やかな色彩で表現していた。アクナーテンの美人妻、ネフェルティティを演じたケイティ・スティーブンソンとアクナーテンの母親、ティイ大后を演じたレベッカ・ボットーネ、そしてアクナーテンの三重唱は既成の枠にとらわれない獣の奇声ともいうべきものであったが、それぞれの異なった音色が際立ち感性に訴えた。
この作品の奇抜性がもたらす感触はよく聞くマリワナを吸った後の恍惚感、といったものではないかと想像する。見ることなしには体感できない。今年の秋には、ニューヨークのメトロポリタン・オペラハウスで上演されるのでお見逃しのないように。メットでも再びアンソニーがタイトルロールにチャレンジする。
*ミニマル・ミュージックとは一九六〇年代から盛んになった現代音楽の様式のひとつ。音の動きを最小限に抑え、パターン化された音型を反復させる音楽。
2019年3月25日発売のACT4、89号「ロンドン便り」に掲載
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