ENO Drive-In Opera at Alexandra Palace: La Bohème
ENOがドライブイン・シネマならぬドライブイン・オペラを成し遂げた。演目はプッチーニの『ラ・ボエーム』。場所はロンドン北部の高台に聳え立つイベント会場、アレクサンドラ・パレスの駐車場だ。仮設ステージの目の前には一〇〇台ほどの車が並ぶ。歌手への賞賛は拍手の代わりにクラクション。思う存分鳴らせて愉快だった。舞台の左右には後方に位置する車からも見えるよう巨大スクリーンが設置されていた。更に心配だった音響効果はラジオの周波数を合わせて車中からも音声が聞こえるシステムを導入していたのでまずまずだった。
ピー・ジェー・ハリス演出の九〇分に短縮された『ラ・ボエーム』は背景を一九世紀半ばのパリから現代のロンドンに変え、貧しい詩人ロドルフォやお針子のミミはキャンピングカーの中で生活するボヘミアンという設定だ。新顧客層にアピールするためか、従来の演出とは異なり、カフェ・モミュスのシーンではカー・キャンプ場が移動遊園地になり、色とりどりの衣装を着た芸人達が代わる代わる姿を現しブレークダンスを踊るなど奇抜だった。またアニメのコスプレのような出立のムゼッタと金持ちのボーイフレンド、アルチンドロは高級車で観客の合間を通った後華々しく登壇したが、会場が駐車場ならではの遊び心に溢れた演出だった。オーケストラはステージの後方に組み立てられた足場の上に置かれ、サーカスの綱渡りのような高さでの演奏にも拘わらずマーティン・ブラビンズが落ち着き払って指揮をしていたのが印象深い。
この日のロドルフォとミミはデイヴィッド・バット・フィリップとナタリヤ・ロマニウという黄金の組み合わせ。デイヴィッドの哀愁に満ちた伸びる歌声は特に心に響いた。ナタリヤは健康そうで死期を迎えた結核患者には見えなかったが持ち前のヴォリュームのある声には恐れ入った。残念だったのはソーシャルディスタンスを守るため二人が手を握ることもできなかったことだ。『ラ・ボエーム』は二人の出会いの際にロドルフォがミミの冷たい手を握って語りかけるアリアが一番ロマンチックなのに。。。
開演前にENOのCEOであるスチュワート・マーフィーが歩いていたので、豪華なステージはさぞや高額だったのでは、と尋ねたら「今回は赤字だが次回からは収益が見込めそうだ。次は『魔笛』を上演し、その後英国内を回りたい」と意欲的だった。ドライブイン・オペラは、移動が可能だし値段も手頃で新しい観客を開拓するにはうってつけだ。観客の裾野を広げるのもENOの指針の一つだ。次のENOドライブイン・オペラの開催も期待している。
2020年11月25日発売 ACT4、99号「ロンドン便り」にて掲載
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