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Miho Uchida

『ヴェニスに死す』ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)にて

Updated: Mar 31, 2020

Death in Venice at the Royal Opera House (ROH)


(左から)リオ・ディクソン(タジオ)とマーク・パドモア(アッシェンバッハ)©ROH 2019 Photo by Catherine Ashmore

『ヴェニスに死す』は英国を代表する作曲家、ベンジャミン・ブリテンがドイツ人作家、トーマス・マンの同名小説をオペラ化したもので、彼の最後のオペラである。この小説はルキノ・ヴィスコンティによって映画化もされているので話の内容をご存じの方も多いだろう。「ドイツの著名作家・アッシェンバッハは創作の為のインスピレーションを求めてヴェニスに旅に出る。そこで彼は旅行中のポーランド貴族・美少年タジオの美しい姿に魅せられ夢中になるが、見ているだけで話しかけることができない。そうしているうちにヴェニスでコレラが流行していることを知るが、タジオを置いてヴェニスを去ることなど到底できないアッシェンバッハはコレラに感染してしまう。やがてタジオが家族とともに午後にはヴェニスを去るという日が来た。朝、タジオがビーチで友人と喧嘩を始めたのを止めようとしたアッシェンバッハは病に倒れてしまう。そして手招きをするタジオを見つめながら息をひきとる」


  ブリテン自身と重なるストーリー


  晩年、病に苦しみながらも若く 美しい男性に魅かれていたブリテン自身の経験と重なるストーリーだ。この切ないオペラがROHで25年ぶりに上演された。デイヴィッド・マクヴィカーによる新作品だ。ブリテンのオペラの登場人物は、ゲイであったブリテン同様、社会的抑圧や自己抑圧により自分の感情を外に表せない者ばかりだが、アッシェンバッハも

例外ではなく、その鬱々たる役をマーク・パドモアが演じた。タジオ役はロイヤル・バレエ・ダンサーの美青年リオ・ディクソン。この役は無言で踊るだけであるが、優美な四肢から繰り出されるバレエダンスは美の極致でため息が出る。また旅人、老いたしゃれ者、年取ったゴンドラ漕手、ホテルの支配人、ホテルの床屋、そして、劇団のリーダーという六役を一人でこなしたのは、昨年のROH日本公演の『オテロ』でヤーゴ役を演じた、ジェラド・フィンリー。善人も悪人もそしてコミカルな役もすべて器用にこなす上に歌唱力も抜群の、私の大好きなバリトン歌手だ。さすがはフィンリーともいうべく、どの役柄の特徴も捉えていて驚いた。

  ヴィッキー・モーティマーのセットは20世紀初頭、エドワード時代のヴェニスをそのまま舞台に持ってきたかのごとく、ホテルもビーチも運河も全てが優雅さに溢れていた。加えてポール・コンスタブルの明暗の加減の良いライトがセットに当たり、一段と美しく輝き、舞台はまるでキアロスクーロの絵のようだ。更にこの作品の美的センスを高めたのはアッシェンバッハとタジオが見つめあう姿だ。その神秘的で儚げな感じは露骨な性描写や言葉

による愛情表現よりもかえってエロティシズムを漂わせた。加えてブリテンの音楽が効果的にドラマを物語る。例えばタジオのテーマは鉄琴と木琴など打楽器 を駆使した煌びやかな

*ガムランのような音楽で、彼のエキゾチックさを強調した。  

  アートとしての完成度の高い 作品で、幕後の満足度も高い。大好評だった上、現代世相ともマッチしているので、次回の上演が四半世紀後とは考えにくい。すぐのリバイバルが期待できる。


*ガムラン( gamelan)は銅鑼や鍵盤打楽器によって合奏されるインドネシアの民族音楽


老人アッシェンバッハとジェラルド・フィンリー演じるホテルの床屋 ©ROH 2019 Photo by Catherine Ashmore

2020年1月25日発行のACT4 、94号「ロンドン便り」にて掲載

 

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